東京高等裁判所 昭和35年(ラ)277号 決定 1960年6月10日
抗告人 千葉一雄
主文
本件抗告を棄却する。
理由
一、抗告理由。別紙記載のとおり。
二、当裁判所の判断。
当裁判所は次の各点を附加するほかは原決定の理由中の説示(記録四二丁表十一行目以下四三丁まで)と同じ理由により本件再審申立を許すべきでないと判断するから、右理由の記載をここに引用する。附加する点は次のとおりである。
1、抗告理由三について。
民事訴訟法第七百五十四条第四項の規定は、同条第一、二項の規定を受けて、これらの条項に基き仮差押の執行を取消す決定がなされたときは直ちにこれに対する即時抗告ができることを定めたものであり、これらの決定が同条第一、二項の要件につき裁判所の判断を伴う点に鑑みて特に即時抗告を許したものと解することができる。これに反し、本件のように執行債権者がその権利を放棄し強制執行を解放する場合に、さきになされた不動産仮差押登記の抹消登記の嘱託をなす手続上の便宜からなされる仮差押執行取消決定の如きは、同条第一、二項のような争のある法律関係についての裁判所の判断を含むものとは趣を異にするのであつて、このような場合には、同条第一、二項を受けた同条第四項の適用はなく、かような決定に対しては同項による即時抗告をなすことはできない。
2、抗告理由四について。
民事訴訟法第五百四十四条はその位置からいつても執行裁判所に関する同法第五百四十三条の次に規定されており、その内容から見ても、執行に際し執行吏の遵守すべき手続に関する申立及び異議の外に、これとは別に広く強制執行の方法に関する異議を特に掲記してあるのであるから、同法第五百四十四条の規定がその位置内容からいつて専ら執行吏の執行方法のみに関する規定であると主張する抗告人の見解は当らない。
又裁判所の決定に対する即時抗告は必ずしも抗告状を原裁判所に提出してこれをなすものとは限らず、直ちに抗告裁判所に抗告状を提出してなすこともできるのであり、この場合には抗告裁判所は必ずしも再度の考案のため事件を原裁判所に送付するものとも限らないのであつて、原裁判所は即時抗告後必ず再度の考案をなす機会を有するものとはいえない。現に抗告人のなした本件抗告もその一例である。従つて抗告人の主張するように、執行裁判所の執行の方法に関する裁判については、原裁判所は即時抗告後に再度の考案ができるから同一審級の裁判所における判断の重複をさけ執行の迅速と訴訟経済をはかるため、異議の申立によらず直ちに即時抗告をなすことを常に認むべきであるという見解は、抗告人主張のような理由では必しもこれを是認することはできない。
強制執行の方法に関する執行裁判所の執行処分としての裁判に対して不服がある者は、民事訴訟法第五百四十四条の異議により執行裁判所による簡易迅速な是正の機会を設けられているのでこの方法によるべく、ただ執行裁判所が執行処分前自ら当該不服申立人を審尋した上で裁判をなしたときには、右のような執行裁判所自身による是正を期待することが比較的困難であるから、直ちに同法第五百五十八条による即時抗告をなすことができるという多年の裁判例がとつている見解は、成法上の根拠において稍明確を欠く憾があるとはいえ実質上右のように十分首肯すべき理由を具備するものであり、かつ既に慣熟した実務取扱例でもあつて、これを抗告人主張のように単に合理的根拠がないとして捨て去ることはできない。
以上のとおり抗告人の抗告理由はこれを採用することを得ず、本件再審抗告の対象となつた決定は即時抗告を以て不服を申立てることのできる決定に該当しないから、右再審抗告を不適法として却下した原決定は相当であり、記録を精査しても原決定には違法の点がないから、本件抗告を棄却すべきものとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 川喜多正時 小沢文雄 位野木益雄)
抗告の理由
一、抗告人の事実上及び法律上の主張は、原決定前示と同一であるから、ここに援用する。
二、しかるに原裁判所は仮差押執行取消決定に対して、即時抗告を許す旨の明文のないこと及び民事訴訟法第五五八条(同法七四八条で仮差押に準用)は、本件のような執行方法に属する裁判には適用がないと解すべきことを理由に、仮差押執行取消決定に対する即時抗告は許されないとして再審抗告の申立を却下した。
三、しかし、同法第七五四条四項は、仮差押執行取消決定に対して即時抗告できることを定めているが、これは債務者申立による執行取消の場合にのみ適用されるべき理由はなく、執行取消決定に対して不服ある当事者は債権者債務者を問わず誰でも即時抗告できるものと解すべきである。
四、かりに、右の理由がないとしても、民事訴訟法五五八条は、執行方法に関する裁判にも適用があると解すべきである。
即ち、執行裁判所の執行方法は、すべて決定の裁判によるものであるから、同法五五八条の即時抗告によるべきものであるのみならず、同法五四四条は、その位置内容から言つても、専ら執行吏の執行方法を監督する方法を定めたものであり、執行裁判所の執行方法に適用されるものではない。原判決に従えば、本件の場合に於ては、同法五四四条の執行方法に対する異議を申立て、それが却下されたとき改めて、即時抗告することになるであろうが、即時抗告に対して原裁判所は再度の考案ができるので、異議の申立と即時抗告は同一審級の裁判所における二重の手続となるのみならず、これら二つの方法をとらねばならないとすると仮差押執行に要求される迅速性ならびに訴訟経済に著しく反することとなる。
更にまた、従来の判例に見られた、執行処分の決定前に不服申立人を審訊したときは即時抗告によるべきものとし、審訊しなかつたときは、異議の申立によるべきものとするのも、合理的な根拠はない。むしろいかなる場合にも即時抗告を認め、原裁判所の再度の考案の活用によつて手続を省略し、迅速に事を処し、訴訟経済に合する従つて同法五五八条は、同法七四八条で仮差押の場合に準用されるから、本件のような執行方法に属する裁判にも適用がありその裁判に対して即時抗告ができるから再審抗告は適法である。
原決定は、民事訴訟法五五八条の解釈を誤つたものであるから本件再抗告に及ぶ次第である。